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『小さな森イスキア』主宰 吉田俊雄(Yoshida Toshio)さん/吉田紀美子(Yoshida Kimiko)さん
人を受け入れて聴くこと。 聴く力が人を変える 【第2話】

よしだ としおさん/よしだ きみこさん

1998年、赴任中の兵庫県姫路市で『森のイスキア』の佐藤初女さんに出会う。2003年に退職後、東京に戻り『小さな森東京』として初女さんの活動をサポート。2011年から被災地支援をスタート。2016年、福岡へ転居し『小さな森イスキア』に。2カ月ごとに集いを開催している。

『森のイスキア』の佐藤初女さんの遺志を継ぎ、福岡の自宅を開放し、訪れる人を無条件で受け入れて食事をともにする『小さな森イスキア』を始めた吉田さんご夫妻。みんなでおむすびを作って食べて、時間を分かち合う“小さな森イスキアの集い”は、毎回、告知と同時に席が埋まるほど人気の会となっています。「お手本は初女さん」と言う吉田さん。そもそも初女さんとの出会いは、どういうものだったのでしょうか? 初女さんから受け継いだものとは?

念願のイスキア訪問前に思いも寄らない出来事が

俊雄さん:僕たちが初めて佐藤初女さんにお会いしたのは、1998年10月のこと。当時、赴任していた兵庫県姫路市に住んでいた私たちは、神戸市で行われた講演会のあとで楽屋に伺い、初女さんに直接「『森のイスキア』におじゃまさせていただいてもいいですか」とお願いしたんです。快く受けてくださって、初めて『森のイスキア』を訪れたのが1999年5月でした。

実は初女さんと出会ってから『森のイスキア』に行くまでの半年の間に、私たち家族にとっては、たいへん辛い経験がありました。当時大学生だった次男が急死したのです。

息子は、私たちが初女さんにお会いした1カ月後の11月下旬に、ぜんそくの発作で倒れて3週間、意識不明のままでした。そのときに僕は息子のことを何も知らない、自分の人生は何だったのだ、家族を何と思っていたんだ、と心の痛みを覚え、仕事しかしてこなかった自分の生き方に強い自責の念を覚えました。

でも息子は、その3週間の間に、僕に何かメッセージを伝えようとしているなと感じたんです。そのときには、それが何かははっきりとわかりませんでしたが、息子が伝えようとしたこのメッセージをしっかりと受け止めて生きていこうと強く思いました。

息子の死という全く予想もできなかったことが起こり、私たち夫婦が『森のイスキア』に行く意味合いは、当初と全く違ったものになりました。

亡き息子のメッセージを受け止めて生きる

俊雄さん:初めて『森のイスキア』でお会いしたとき、初女さんは目にうっすらと涙をためて、無言のまま私たちに向き合ってくださいました。実は『森のイスキア』に行く2カ月前、再び神戸市で初女さんとお目にかかる機会があり、妻が息子の死を伝えていたのです。

『森のイスキア』での初女さんの姿は、まるで観音さまのようでした。観音さまがいるとしたら、こういうかたなのかなと。私たちも沈黙のまま、なにか安らかな気持ちでした。言葉はいらないと感じました。“聴く”という字は、耳+目、心と書きますが、ふり返ってみますと、あの沈黙の時間は、お互いに言葉を超えて、心と心で対話していたのだと思います。

三日間の滞在中に、初女さんがポツリとおっしゃった言葉は「大切なものをなくされましたが、きっと大きなものが与えられますよ」でした。

その初女さんの言葉を聞いたとき、僕は「息子のメッセージを受けとめて生きていけば、きっと大きなものにつながるんだ」と思ったんです。『森のイスキア』で出会った初女さんは、ともにいるというあり方を示してくださったと、のちに思いました。それまでの僕に欠けていたものでした。人を受け入れて聴くということ、これを僕もこれからやっていこうと思ったんです。

自分が中心の人生から人とともに生きる生き方へ

俊雄さん:新しい生き方は、企業社会での価値観や生き方とは180度異なったもので、相手が主体の生き方でした。私たちは初女さんのそばで10年あまり活動のお手伝いをさせていただきましたが、初女さんは、悩みや苦しみを抱えて訪れる人をありのままに受け入れていらっしゃった。悩んでいる人は、自分の中に答えを持っていると信じていらっしゃった。『森のイスキア』では、すべて受け入れて聴いてくれる初女さんがいて、訪れた人皆が変わっていった。それを見ていて、僕は“聴く”ということの力、大切さに気づきました。これは大きな学びでした。

以前の僕は“きく”というのは、自分が知りたい情報を“聞く”ことでしかなくて、相手の言いたいことを“聴く”、特にその人の気持ちを“聴く”ということは一切していなかったと気づきました。

そして、もう一つ初女さんに学んだことがありました。それは運ばれていくような生き方ということです。『森のイスキア』の裏手にある「小さな森」の修景計画が持ち上がったときのこと。初女さんは自分の思いで動くのではなく、神さまの望みであるかどうか、時のしるしを見極めつつ、それを決断されました。そして、そのあとは、不思議に思えるほど自然に必要な人やものが集まり、計画通りに進んでいきました。このときに思ったことは、初女さんは話を聴くときだけではなく、生き方そのものもBeingになっていらっしゃるのだ、ということでした。

私はBeingという言葉を「はい」と受ける生き方、自分ではなく相手を主体として寄り添い、委ねるあり方、結果よりも途中の歩み、プロセスを大切にする生き方という意味でとらえています。

初女さんが実践していらっしゃった“心を空っぽにして聴く”ことの難しさを感じていたとき、僕はこのBeingで生きていこうと気づきました。自分が中心になって何かをするという生き方からは、もう卒業しようと。だから何か頼まれたら「はい」と受ける。それができて初めて、人の思いをも受けとめることができる。“聴く”ことができるんじゃないかなと思ったんです。

これまでは人の話を聞いていても、「それなら、こうすればいいじゃないか」というのが、いつも頭の中にわいてきて、それが邪魔をするので、共感しながら聴くことが難しかったのです。だとしたら生き方そのものをBeingにすればいいと思ったんですよね。

このBeingが、まさに亡き息子の問いかけによって気づかされた第三の人生の生き方だったと思いました。聴くことの大切さへの気づきから到達したBeingという生き方、つまり自分が中心の生き方から、ともにいるという生き方への気づきを促されたのです。

それは人と交わりながら、人を生かすことで、自分も生かされるということ。人の喜びが自分の生きる力になるということなんです。いまは、幸せも喜びも苦しみも、みんな人と人の間にあるのだから、と思っています。

第3話につづく>

『小さな森イスキア』

http://chiisanamori.life.coocan.jp/

撮影/オザキマサキ 取材・文/池田純子

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コメント “人を受け入れて聴くこと。 聴く力が人を変える

  1. いまブログを読ませていただきました。ありがとうございました。
    初女さんの事は本を通して知りました。
    いつかお会いしたいと思いつつ時が流れお目にかかることは叶いませんでした。

    友人を通して佐藤さんの事知り、先ほど福岡にも「森のイスキア」があるとわかり感動しています。
    色々読ませて頂き、一度おめにかかりたいとおもいました。
    時が与えられたらと願いつつコメントをお送りしています。

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