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ココ・ファーム・ワイナリー 農場長 越知 眞智子(Machiko Ochi)さん
園生にとっても私にとっても、ここの暮らしが人生そのもの 【後編】

おち まちこさん

知的障がいや発達障がいなどのある15歳以上の人を対象とする、栃木県足利市の障がい者支援施設「こころみ学園」施設長。施設内で園生たちが作業する「ココ・ファーム・ワイナリー」農場長。設立者である川田昇氏の次女。2010年に川田氏が亡くなる数年前から、施設長を引き継ぐ。

障がい者支援施設「こころみ学園」、その園生たちが作業する「ココ・ファーム・ワイナリー」の農場長を務める越知眞智子さんは、設立者である川田昇さんの次女。前編では父親である川田氏との思い出を語ってくださいました。後編では、川田氏の遺志を引き継ぎ、いまに至るまでの農場長としての思いをありのままにお話しいただきます。

ここにいる園生こそ
父がのこしてくれたもの

それでも父がだんだんと年をとってきて、実務は私が任されるようになりました。父が家からここに来るのも大変になったところに、いよいよ「頼りないけれど、私が施設長をやるよ」って言ったら、周りのみんなも「それがいいですよ」「当然でしょう」となって、とりあえずポジションとしては継ぎました。でも、やっぱり私は、父のようにはなれていない。ずっとトップダウンでやってきたけれど、私はここを引っぱっていくだけの方向性は出せないなというのは、ずっと思っていました。

でも2010年に父が亡くなり、告別式のときにフッと思いがわいたんです。考えてみたら、父からのこされたものがある。父が私にのこしてくれたものは、この施設の子たちだって思ったんです。それは予期せず、自分の中にわいてきた。

告別式のご挨拶のときに、「私は父の跡を継ぐことはできないと思っていたけれど、父がのこしてくれたものがあることに気がつきました」って。「それは園生のみんなです」って言ったら、お葬式なのに、みんな大拍手しちゃった。「ここは拍手するところじゃないって!」って注意しながら、お葬式なのに笑ってしまいました。

父はワンマンでやってきたけれど私は誰かに助けてもらわないとできない。父が亡くなってからは、私はみんなの力を借りようとやってきました。

世の中の人たちは、ここの園生たちを知的障がい者と思っているかもしれないけれど、そうじゃないんです。日々いろいろなことがありますが、なんだかんだ言いながら私の言うことをしっかり聞いてくれるし、人を助けたいと思っています。

作業も、ふつうは嫌だと思うようなことも楽しそうにする。外に出るだけで焦げそうな暑い夏も、凍えそうな冬も、呼ばれるとうれしそうに行くのって、やっぱりすごい。父がのこしてくれたものは、この人たちなんだなって。

園生だからこそこのワインができた

1989年に、アメリカから醸造技術者であるブルース・ガットラヴ氏を迎えたことで、ココ・ファーム・ワイナリーのクオリティは飛躍的に上がりました。そのころから、日本のワインは注目され始めましたが、うちのワインを広く知らせるのに、大きく力を貸してくださったのが、ソムリエの田崎真也さんたちでした。

当時、ワイン専門雑誌の取材で田崎さんがここを訪れ、「NOVO」という名前のスパークリング・ワインを飲んでくださったことで、2000年の九州・沖縄サミットの晩餐会で、ここのワインを使いましょうとなりました。そのころから、いろいろな人がいろいろなところで宣伝してくださるようになりましたね。

「宣伝するために、どうやってプランを立てたんですか?」って、よく聞かれますが、あまり企画したことはありません。いつも、どうやったら園生たちのした仕事が人々に喜んでもらえるか、どういうワインにしたら園生たちの力を発揮できるか。そういうことばかり考えてきました。

父もどうせやるなら、園生たちの力を見せたいと思っていたと思うんです。サミットで使われることが決まったとき、父は「いままでは障がいのある子たちも、こんなにすごいワインが造れるんだぞ、という思いで造ってきたけれど、これからは彼らが造ったからこそ、このワインができたんだと言える」って大喜び。障がい者だからできる、私もしみじみと感じました。

葡萄を育てる過程において、大変なことは山ほどあります。たとえば葡萄が熟したら傷んだ粒だけをとっていく。そんなめんどうなことは、ふつうしないわけですが、ここでは園生たちが暑い中、汗をかきながら傷んだ粒を一つ一つとっていきます。

また葡萄の一房一房に、傘をかける作業がありますが、それも一つ一つ園生たちが行う。だいたい20万枚ぐらいの傘を1カ月ぐらいかけてかけます。

そういう地道な作業ができるのも、やっぱりこの人たちだから。それも全然、嫌がらずに楽しそうにやるんです。そんなふうに人の手で一つ一つていねいに行うことが、すべて出来ばえに反映されているんだろうと思います。

体を動かして働くことで
労働の意味がわかる

父は、かつて「ほどほどの貧しさが人を育てる」と言っていました。それは、我慢があったということ。暑い我慢、寒い我慢、おなかの減った我慢、眠い我慢、この四つを生活の中で行うことで、人は自然と報われるわけです。

炎天下で原木を運んでいても、木陰に入ると風がすっと吹いて涼しいと感じる。休憩中に飲む冷えた麦茶は、それだけでおいしいと思える。すべて我慢があるからこそ、必ずそのあとに心地よいと思える。そういう暮らしをここで作っていくことが、園生たちを変えていく。

もちろん、いろいろ困ったことはありますが、何もしなければ精神科の病院で薬漬けだった子たちが、少なくとも畑で働いているときは「この人たちはほんとうに病院にいたの?」っていうぐらい生き生きとしている。それぐらい体を動かして働くことは気持ちがいいのでしょうし、労働の意味を体で理解することができるわけですね。

さらに労働を通して、いろいろなことができるようになるし、誰かの役に立っていることが大きな励みになる。これは障がい者だけでなく健常者も同じだと思います。

もっと葡萄を作りやすい土地もあるけれど、私たちはここにいるしかありません。ここでできる葡萄がなりたいワインを造ること。園生にとっても、私にとっても、ここの暮らしが人生そのもので、ここにいることがいちばん楽しい。いっしょにいるのが面白い。

大変なことや失敗したことはたくさんありますが、それは父と同じで人には言わない(笑)。これからのことはあまり考えていませんが、なるべくほかの人に協力してもらえるようなしくみができるといいかなと思っています。

「ココ・ファーム・ワイナリー」

https://cocowine.com/

撮影/山本彩乃 取材・文/池田純子

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コメント “園生にとっても私にとっても、ここの暮らしが人生そのもの

  1. しみじみと、一つ一つの言葉を噛み締めながら読ませて頂きました。人間は誰かに必要とされていないと自分の存在価値が持てない。そんな中、園生さん達一人一人を必要とし園生さん達が働いた結果を形へと導く❗️本当に素晴らしい!だけど、その一言だけで簡単に済ませたくありませんね!沢山の苦労や葛藤の中、食い下がらずに園生さん達に寄り添い諦めず、やってきた事が歴代の園長先生から受け継がれ今が在るのですね。継続は力なりですね。この、お話を聞いて、お父様の事を本当に尊敬し大好きだったのが良く分かります。私も頑張る力を頂きました。

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